2000年11月10日「市橋隆雄さんを囲む会 講演会」(三重県亀山市にて) P8

 このように、私たちは「共に生きる」ということを課題としているんですが、また、歴史がどう動いているかということを、どんな風に考えているかということにも関心があります。

 日本では、歴史は「輪廻転生」といわれるように、ぐるぐると回っていると考える人が多いです。けれども、僕はそうは思わなくて、私たちの一生は生まれるときがあって死ぬときがある、だから歴史の流れも、始めがあって終りがあると。つまり、歴史の流れは一直線にどこかに向っていると考えるのです。
 では、歴史の終りに何が来るかっていうと、それは破滅ではない。そこには、新しい共同体というものができる。どんな共同体ができるかって言うと、世界の人たちがひとつの場所に集まって、一緒に生きる。それぞれの国の、それぞれの文化というものはそのままに、一緒に生きる共同体の生活が更に豊かになるための、捧げ物として用いられる、そういう世界。
 なぜそういうことを信じられるかって言うと、先ほど言いました幼稚園の子供たちの世界を見ているからです。いろいろな国籍を持った子供たちが、違いを越えて一緒に生きています。そしてもうひとつ、私の教えているデイスター大学で、アフリカのいろんな言葉・習慣の違った国々の人たちが、ひとつの場所で一緒に生きている。

 そして、私たちもケニヤに行って、日本人としてケニヤ人と一緒に生きています。
 そういうことを私は体験して、それが、新しい世界を創りつつあると思っています。
 国際結婚をして国籍のわからない子供たちが生まれてくる。そういう国籍を超えて生きようとする人たちが、この世界に増えていることだと思うんです。

 ですから、私たちはケニヤに行ったらケニヤ人のようになれ、「日本国籍をどうして捨てないの」なんて聞かれるわけですけど、私はケニヤ人になろうとは思っていません。
 いくらガンクロして、日焼けサロンで日焼けして、アフロヘヤ―にしても、私は絶対ケニヤ人にはなれないわけです。
 むしろ、日本人として、このまま亀山の街で育って受け継いできたもの、日本人として受け継いできた文化、あるいは訓練が、アフリカ人と一緒に生きるときに、そこの生活を豊かなものとするために用いられる。
 そして、日本人とケニヤ人が、違いを持ったまま一緒に生きている。
 そのほうが僕は素晴らしいことだと思っています。

 それから、歴史の最後に起こることを僕達は信じています。
 今、「ナウい」ってことはかっこいいという意味で使われていますね。今「ナウい」ことはITですか…僕のイニシャルと同じですけど(笑)。
 今新しいことは何かって言うと、たとえばこういうネクタイをしていますが、これは来年には古くなって、それもまた新しいのが出てきて古くなってしまう。
 そうなると、一番ナウいことはどういうことかって言うと、一番最後に起こることが一番ナウい、新しいことだと思うんです。
 ですから、歴史の一番最後に起こる、世界の人と違いを越えて一緒に生きることが……それを、今そのための努力をして生きているって言うことが、一番ナウい生き方だということになるんだと、思うんです。

 今、僕はアフリカで生きていますけど、皆さんはこの亀山市で生きていらっしゃるわけですね。
 ですから、この亀山市でも助けを必要としているひとたちがいても見えない場合もあるし、見ても目をそらしているかも知れないけど、そうじゃなくて、そういう人たちをしっかり見て、そういう人たちと一緒に生きようとするのが、ほんとうに素晴らしいコミュニティということではないかと思います。

 最後に言いたいんですけど、平和を創りだすと言うのは、隔てを超えて生きる努力を、根気よく忍耐と情熱を持ってやることだと思います。
 このことを、最後にひとつの例で説明したいと思います。

 1994年4月に、ルワンダという国で2つの部族が争い、ひとつがもうひとつの部族を50万人以上虐殺する事件がありました。
 その年の5月に、私はナイロビの大学で教えていたわけですけど、そのクラスにひとりのルワンダ人の学生がいました。
 彼女は、その日非常に険しい表情でクラスに入ってきました。
 で、その前日、彼女はルワンダにいる自分の家族が全部殺されたという知らせを受け取っていたのです。
 彼女がどんな思いでその夜を過ごしたか、ほんとに皆さんも自分の愛する人を失ったことのある人ならおわかりになると思いますけど、もう一睡もできず、息も詰まって、胸が詰まってもう破裂しそうになったと言いました。
 しかし、彼女はクラスに出てきて授業を受けました。
 そして、自分の身に起こったことは、もうこれ以上の悲しみは生涯にないだろう。もう悲しくて身が張り裂けそうだ、と語りました。
 他の学生たちも皆彼女のためにお祈りをしたわけですが、それで彼女は、「祖国に帰りたい。しかし帰れる状況にない」というんです。それは、殺した人たちへの憎しみから、自分は今、何をしでかすかわからない。自分が恐ろしいというんです。
 しかし彼女が最後に言うのには、「自分は悲しいけど、今はここにとどまって勉強を続けて、この学校を卒業する。そして、卒業したら国へ帰りたい。そして、今ひどくなっている国のために、私は働きたい。私は、そのときは憎しみではなく、許しを、喜びを、持って帰る人間に変わりたい」と。

 こういう女性がアフリカにはいます。
 そういう人達がたくさんいて、そういう人たちがアフリカを支えていくと思います。
 そして、平和というのは、そういう祈り、そういう願いから生まれてくると思います。
 そういう人がいるということが、アフリカの未来を約束しているのだと思うわけです。

 私達は、そういう人たちと一緒に生きるということ、いろんな悲しみはあるけれども、ひじょうに驚きもあるし感動がある、そういう生活を、これからもやっていきます。

2000年11月10日収録
講演:市橋隆雄

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