ケニヤから第2回総会へのメッセージ
 本日は、週末の貴重なお時間をさいて『市橋隆雄を支える会』の第2回の総会にお集まりくださり心より感謝申し上げます。また、この総会開催を細かい配慮をもって準備してくださった、片岡会長初め、世話人の皆様にも厚くお礼申し上げます。本来なら、総会ですからお支えいただいている市橋本人が顔を見せてご挨拶させていただくべきところですが、この時期帰国することができませんので文書でご挨拶させていただきます。

 私達家族がそもそも13年前にケニヤに来たのは、「アフリカの人々と共に生きる」ことが私達夫婦の生涯の使命だと信じたからです。そのいきさつについては、今までの講演の中で触れさせていただいていますので、ここでは割愛させていただきます。私達がここケニヤで今までやってきたこと、そしてこれからやりたいと思っていることは、貧しい人々の生活を先進国並みの水準にまで引き上げるというようなことではありません。それには時間も、力もとても足りません。そうではなくて、今自分たちの身近にいる人々の問題、必要を共に負うこと、その解決のために私達が日本人としてこれまで身に付けてきた知恵、知識、経験、判断をアフリカの人々のそれらと分かち合いながら取り組むこと、人間は決して環境や、状況の奴隷ではなく、その中にありながら愛と自由と尊厳をもって生きることができることを示していくこと,貧富の差があり、問題の多い社会の中で,アフリカの人々が自らの同胞を助けていこうという思いを啓発し、その努力を私達も担わせていただくことです。
 政府開発援助やNGO活動で好んで使われる『自立』ではありません。現在の世界にあるさまざまな形の違い(国籍、人種、民族など)を超えた新しい『共存』のコミュ二テイの形成への努力です。

 『個が輝く出会いの町ー亀山』、素晴らしい、コミュ二テイ創造の理念だと思います。一人一人の個が持つ「違い」、即ち「ユニークさ」が断絶、不和、争いを生むのでなく、かえって豊かな新しいコミュ二テイを創るために出会ってゆく町、そんな発想の生まれ育ってくる土地で生きる皆様に支えていただいているということも、ただ中学の同窓、同級生だったということ以上の不思議な新しい出会いといえるでしょうか。
 こんな私達を通じて形成されている皆様方とアフリカの人々との新しいコミュニテイ、「支える会」に集ってくださる方々の間に形成される新しいコミュニテイ。それらは対話の喪失、触れ合いの喪失が、人間関係を歪めている現代の世界に一筋の光を投げかけているのではないでしょうか。
 今年中に私自身の一時帰国を予定しています。日程が決まり次第お知らせしたいと思います。
 総会の成功と、皆様との再会に思いを馳せつつ、最後に、「人間の大地」(犬養道子著)よりの一節をお送りいたします。
 −−−「愛とはまず、狭さを破ることである。視界と心の狭さを果敢に破って、広く,「出ること」である。出てはじめて、異質なる他者とのかかわりを持つことができる」
 ありがとうございました。
           2002年2月21日 ケニヤ・ナイロビより         市橋隆雄

ケニヤから第1回総会へのメッセージ

「市橋を支える会」に加わってくださった皆様、また支える会を結成し、今日の総会を準備してくださいました世話人のお一人お一人のお骨折りを思い、心よりの感謝を
申し上げます。厳しい寒さの中、エコーでの支援カンパ、そしてライオンズクラブの方々による募金活動と私たちを支えるために時間と労を捧げてくださりなんとお礼を
申してよいかわかりません。強力な援護射撃をしてくださっている中日新聞の花井さん「アフリカの水」を飲んだものたちの中に湧き上がる情熱をありがとうございます。
秋の帰国の時以来、皆様がなさってくださったことは私たちにとって「奇跡」でした。12年の間に、生涯を「アフリカの人々と共に生きる」ために、宣教師として東京の
一教会からの支援を受けて家族共々ケニヤへ派遣されてきました。宣教師というのは現地ケニヤで収入を得ることなく、全く無報酬でキリスト教の活動をすることを許されている立場にあります。ですから過去12年間の活動をするための私たちの生活費全ては日本からの支援によってきました。アフリカでの将来の活動の拠点とすべく、現在の教会幼稚園の土地、建物も私たちの組織したグループ「キューナ・クリスチャン・フェローシップ・トラスト」の名義で購入しました。「経済不況なのにそんな金どこから集められるのか、50過ぎて人生下り坂なのに借金背負いこむなんて馬鹿だ」とかいう声が殆どでしたが必要なものは必ず備えられると信じてやった結果、不思議なことに多くの方々からの寄付金と融資を得ることが出来ました。しかしやはり経済不況の影響もあるのかこの1月で今までの支援がなくなるということで新たな支援を求めて帰国したわけです。
 そんな中で、かっての中学の同級生、同窓生の友人たちとの新たな出会いが与えられました。それをきっかけに田中市長、市職員の方々、そしてライオンズクラブの方々との出会いが与えられ、本当に祝福された今日に至りました。アフリカへ立つ時は一度は「故郷」との決別をしたわけですが、不思議な導きでまた「故郷」に戻され、「個が輝く出会いのまち」で多くの方々に出会い、優しい心と熱い思いの恵みを受けてきました。それらの出来事が奇跡なのです。人生に下り坂はない、真実に生きている人々がそこにいる限り、いつも感動と喜びをもって昇りつめてゆく人生があることを思い知らされています。

さて、昨年来のスラムの子供婦人グループ、身体障害者施設、少女孤児院への支援活動に続く近況報告をさせていただきます。
現在、週日は3日デイスター大学(ケニヤにある私立大学4校の中で最も歴史の古い大学)の修士課程のクラスで講義をし、日曜日には教会の礼拝で説教、聖書の勉強会、新しく教会に加わる人達へのオリエンテーション、結婚式の準備等牧師の働き、水曜日には幼稚園児104名に体育を指導、その時間をぬって活動に絡む役所関係の仕事をこなしています。
私たちが教会を始めた理由は、アフリカの人々の魂に関わる仕事をするため、またアフリカの人々自身が部族の壁を越えて同朋を助け、共に生きてゆくために、私たちも一緒になって必要なプロジェクトを手がけてゆくためです。今、差し迫った必要として、旱魃の中で苦しむケニヤ北部の遊牧民の援助があります。私たちの教会のメンバーの中にその地域出身の人たちが3人います。奥さん、子供たちを残してナイロビに働きに出てきています。サンブル族―それが彼らの属する部族です。
マサイ族と同じく家畜を飼って生活する遊牧民です。昨年より彼らの生活する地域はひどい旱魃に襲われています。家畜はどんどん死に、水と草を求めて何十キロと移動をします。そのため稼いだ給料を持って家族のところに戻っても、元いたところに家族は
既にいなくて、また家族の行方を追って捜しまわらなくてはなりません。子供がハイエナに襲われる危険がいつもあります。食物が全くなくなった時に、幸い死んで間もないキリンに出くわして、それを食べて家族が生きながらえたということも話してくれました。政府の食糧援助は単発的にありますが不十分です。
そこで私たちの教会からも援助をすることになりました。4月の始めと5月に援助物資を持って旱魃地域を訪問します。教会、幼稚園の父兄に呼びかけて援助物資を募っています。
ナイロビから車で片道一日かかります。道路も、そして治安も良くはありません。1978年に日本テレビのドキュメンタリー番組「驚異の世界」の通訳として3ヶ月取材の
旅をしたことのある地域で、懐かしいという思いもあります。どうかこの準備が順調に進むようお祈りくだされば幸いです。
今は、私たちを通して皆様はアフリカの人々と共に生きるということをしてくださっていますが近い将来、今年中にでも、皆様ご自身アフリカにおいで下さり、その色と、においと人々のエネルギーをその身に感じてくださればと言うのが私たちの願いです。お待ちしています。
今日お集まり下さって本当にありがとうございます。この時期もナイロビで咲いている桜の花を見ながら、早春の日本で過ごされる皆様のご健康と、日々の生活が守られるようにお祈りいたします。
                  2001年 3月16日     市橋隆雄
                             家族一同

 



 

 

ケニヤから同窓会へのメッセージ

亀山中学校昭和39年同窓生の皆さんこんにちは。市橋隆雄です。ここはアフリカ、ケニヤの首都ナイロビです。13年前に家族と一緒にこのケニヤに来ました。あいつがねえ、とびっくりされる方が見えるかと思いますがキリスト教の宣教師としてこのケニヤで仕事をしています。ケニヤの私立デイスター大学でキリスト教の活動に関する講義をしています。また4年前から教会と幼稚園を始めました。教会の人たちと共に、このケニヤの社会のなかで助けを必要とする人たちへの支援活動をやっています。ケニヤには大きなスラム街がたくさんあります。その中で子供たちをかかえた未亡人たちの自立を目指す活動、障害をもっているため親から捨てられた子供たちや家も無く親も居ない女の子の世話をする施設、あるいは親がエイズにかかっているため自分もエイズを持ちそして捨てられていく子供たちの世話をする施設、これらに対して教会の人たちと共に支援活動をしています。幼稚園には国籍を異にする様々な国の104名の子供たちが来ています。この幼稚園も今世界で必要とされている、「人々を愛して共に生きていく」ということを目指して教育を行っています。

アフリカには50以上の国がありそれぞれの国の中にはまた何十という言葉も文化も慣習も違ういわゆる部族がいます。そしてその部族があるためにアフリカでは様々な問題が起こり続けています。国と国との間の戦争、部族と部族の間の戦いそしてそのために難民キャンプができそして、かんばつがあり餓えがありエイズやコレラやマラリア等いろんな病気がアフリカに住む人たちの生活をおびやかしています。そういう問題をかかえながら必死に努力をし自分で立ち上がろうとしているのですが問題は非常に複雑でなかなかできません。日本はこのケニヤに対し最大の援助国で多くのお金がケニヤにつぎ込まれています。しかしあまりにも問題が大きすぎて援助からもれている人々が大多数なのです。このアフリカには自分で自分を助けられない人が大勢います。先進国からの援助から、もれている人たちにも助けの手を差し伸べることが必要です。日本とアフリカは遠くはなれていて言葉も文化も肌の色も考え方も違っています。しかし私たち日本人として日本の文化の中で私たちがつちかい身に付けてきたもの、日本人としての知恵またケニヤ人としての知恵、そしてケニヤの文化の中で育てられた彼らの持っている素晴らしいものをお互いが出し合ってそして一緒に生きるなかでそれらの問題の解決に少しでも貢献できればと私たちは日々働いています。

私たちには自分たちの子供が3人いますがアフリカ人の孤児を2人養子に迎えています。
この子供たちは私たちが国籍を超えてひとつの家族として一緒に生きたいという願いの具体化です。私たちの行っている活動のほんの一端をビデオを通して皆さんに知っていただければと思います。この同窓会が非常に盛んなものとなってまた旧交を温めこれから先、それぞれ場所は違いますけれど新しい意欲を持って一緒にがんばって行きたいと思います。
          2001年4月30日   市橋隆雄   ケニヤ ナイロビより
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「市橋隆雄さんを支える会」は市橋さんの活動と考え方に共鳴し彼とその家族の活動を支援することでスラムの人々を助け更に全世界の人々と共に生きる喜びと誇りを持とうと集まった有志の会です。ケニヤの制度では宣教師は本人及び家族を支える個人的な収入を得ることはできません。ですから彼の家族の生活資金の全ては日本の支援者からの寄付に頼ってきました。私たちはキリスト教徒ではありませんが彼の活動に宗教を超えた人類愛を感じております。当会は亀山市民を中心に現在140名の皆様が会員となり募金やバザーを行っています。私たちと共に彼を支援しようと希望される皆様の参加をお待ちしております。

                                                     「市橋隆雄さんを支える会一同」
       

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